• リアルタイムで地球を駆ける。
  • 国際空間にふれあいを追及。
  • グローバルな視点からのアプローチ。

国と国、企業と企業、人と人
国際関係はすべてコミュニケーションの積み重ね

コミュニケーションをより正確に、より分かりやすく作り上げることが私たちの使命です。異なった文化の狭間で、言葉のプロとして、 インターアクト・ジャパンは感性を生かした仕事を提供しています。 どんな専門的なことにも、どんな小さなニーズにも真心でお応えする
・・・そんな企業を目指して世界各国のスタッフ達が、日夜努力を重ねております。

初めての方へ

事業理念

事業内容

翻訳部門

翻訳部門

ニーズにそった
質の高い翻訳が
次の成長を生み出す

通訳部門

通訳部門

高い通訳スキルと
入念な準備作業が
次の信頼を生み出す

英語教材制作

英語教材制作

世界の流れを
読み聴くニュースが
次の時代を生み出す

会社案内

インターアクトは、翻訳、通訳の会社です。創業から30年。
業務内容は多様に変化してきましたが、ひとつだけずっと変わらなかったことがあります。
それは「品質で勝負する」という私たちの姿勢です。
翻訳も通訳も、多くの過程を経て仕事を完成させていきますが、各過程で「絶対に手を抜かない」。
そんな思いを大切にインターアクトは職人企業として歩んできました。

エキスパートに確かな信頼。

> 詳しく見る

採用情報

私たちと一緒に翻訳や通訳の仕事をしませんか。
あなたの実力をインターアクト・ジャパンで発揮してください。

> 採用情報を見る

英語ニュース

世界のニュースを誰が聴いても分かる二つのレベルで毎週配信しています。

一覧

今週のニュース

国際・国内社会
Dr. Shigeaki Hinohara Dies Aged 105
Shigeaki Hinohara, honorary head of St Luke’s International Hospital, died aged 105 on July 18th. Hinohara studied medicine at Kyoto Imperial University and began working at St. Luke’s in Tokyo in 1941. During World War II, he treated many people injured by the air raids there. Hinohara was well known for his significant contribution to healthcare in Japan. He had long advocated the importance of preventive medicine and introduced the comprehensive check-ups called “ningen dock.” Following the sarin gas attack on the Tokyo subway in 1995, he led a medical team that saved many victims’ lives. Hinohara always encouraged senior citizens to maintain an active social life and avoid illness by having fun. He himself continued seeing patients until after he turned 100.
日野原重明さん死去、100歳超えても現役医師として活躍
7月18日、聖路加国際病院名誉院長の日野原重明さんが、105歳で亡くなりました。 日野原さんは京都帝国大学で医学を学び、1941年に東京の聖路加国際病院で働き始めました。第2次世界大戦中は、空襲による多数の負傷者の治療にあたりました。日野原さんは、日本の保健医療に多大な貢献を果たしたことで知られています。早くから予防医学の重要性を訴え、包括的な健康診断である「人間ドック」を導入しました。1995年に起こった東京地下鉄サリン事件では、発生後に医療チームを率いて、多くの被害者の命を救いました。 日野原さんは日頃から、高齢者に対して、活動的な社会生活を送り続け、楽しみを持つことで病気を予防するよう勧めていました。彼自身、100歳を超えてからも、患者さんの診察を続けました。

TOPICS

CEO 帯野 久美子
CEO 帯野 久美子
トップへ